23回目の娘の誕生日。新入社員の彼女は低血圧の為、朝が苦手。
早起き超得意の、母である私が疎ましくてならない朝。言葉を発っするのは出勤までに2、3言。
帰宅も

9時~10時が当たり前なので、顔を合わせない平日もある。
去年までは、かなりの母娘べったり型親子だったが、このみごとな親、子離れは自然にできた。(まぁ、お互い自分の世界が1番大事

というのが根底にあるので)
それでも娘が生まれたこの日は「原爆の日」ということもあり、産院で迎えたあの暑い日を毎年思い出す。妊娠中毒症でむくみがでていたし、予定日も過ぎていたので検診で即入院となった私は、入院と同時ぐらいに陣痛が始まり、午後から明け方4時まで悲惨な苦しみを味わった。お産というのは本当に波があるもので、集中する日とそうでない日が私が入院中もあり、私はそのラッシュの日に当たってしまったのだ。

初産なのに、助産師さんは「まだ、だいじょぶだからね、待っててね」とか言いながら隣の分娩台を片づけていた。その間にもう、私は一人で生んでしまい、

助産師さんは大慌てで先生を呼び本当にひどい目にあった。いきみ方もわからなかったので、しばらく娘のおでこには、私が途中で休んでしまった線がついていた。
そんな、勝手に生まれてきた娘なので、「ああ、この子は一人でも生きていける、強い子になるな」と母は痛感。
事実、マイペースで、ここぞという時には力を発揮する、かといって母のように変な目立ちたがりでもなく・・。そして母は、育て方も「好きなことで生計を!」を優先させてきたので、今、好きな道で毎日奮闘している娘には、「3年は我慢して、色々会社から吸収しなさい」以外は何もいわない。
週末以外、ゆっくり話もできないが、別段苦でもない。
そんな娘に、今日は核廃絶の為に新たな1歩を刻んだ日、「平和記念祭」が毎年行われる日に生まれてきたのだから、そういう事もきちんと理解してね。と伝えたい。
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