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あ.てんぽぶろぐ

日々の記録(適度に更新)

2026.02.05 Thursday 21:52

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2011.03.15 Tuesday 21:27 未選択

非日常に対応

被災された方や被災地、原発区域の方には何!と言われてしまうが、今日の非日常を記しておく。

計画停電の時間を調べ、ピアノの仕事に支障がないかとか、娘の彼が、停電時間によって、又、帰宅難民になるので、に泊まる日を確認。
食糧や日用品は生協の宅配専門なのに、今日は当然のように、欠品だらけ。
最低限の備蓄はあるので、買い物にでても、どの店も品薄なので数日のレシピを考える。

日本人としてできることはやろうと決めたので、極力、節電をし、日中は電気も暖房もつけず。
12時~4時が停電で、3時~のレッスン。最初の今日、卒業式だったyちゃんだけ、もしかしたら、薄暗いかも・・と開始。さすがに、3時半ぐらいから暗くなり、懐中電灯を3つ、全て点灯させたが、薄暗くて使い物にならない。薄暗い中でほんの、10分ぐらいだったが、とても目が疲れた。幸い、3時45分に電気がついた。

息子が朝、メトロのバイト~帰宅しないなぁ・・と思っていたら、今、があり、混雑で、朝の仕事が今、終了。明日も早いので、会社が職員の宿泊に使う、北千住のホテルが今日、1部屋空いているから泊まるようにと言われたとのこと。
明日、布団が1組足りないから、明日も泊まってくれればなぁ

私はといえば、娘が自宅勤務でにいたので、3月号がアップできた。
皆さん、教室通信の所をクリック願います
娘は今週、転居を予定しているが、このぶんじゃなぁの様子。
さぁ、明日は本所教室の掃除頑張らないと
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2011.03.14 Monday 23:05 未選択

計画的にできた?

「計画停電」初めて聞く言葉だが、昨夜から情報が錯そうしたので、昨日のうちから、今夜の夕飯などを準備。
Aちゃんのお祝いを買いに行くつもりにもなっていたので、尚更、事細かに出かける準備もした。

しかし、朝になると、交通状態や停電のスケジュールが、発表され、娘は自宅で仕事をすることになり、死傷者が出た息子の学校は就活セミナーなどは全部中止になり、暫く閉鎖。私もTXが止まってしまう時間があるので、外出は断念。
ひたすら、練習と、パソコン。

それも、停電がいつになるか定まらなかったため、今日の計画停電は終了という、お知らせがあってから、始めたり。

から出ず、早起きもし、停電にも備えていたので、何とか練習も、あてんぽメール3月号も仕上がった

テレビは悲惨な状況をどうしても見てしまうので、ラジオを聴いていた。
元気が出る曲や被災者にメッセージを送り続けている、パーソナリティーや、アナウンサーの声のトーンや言葉を選んでの対応は、ラジオならではと思う。
今日、行きつけの楽器店の楽譜係りの方と電話で、お話ししたのだが、「先生は大丈夫でしたか?」と地震の時の事を気づかう対応に、プロとはこういうことか。とも。

状況に応じて人に対応できるのはプロのお仕事
2011.03.13 Sunday 22:25 未選択

消息

やっと、日立にいる、あてんぽ流山ОBのk君から、先ほど返信が来た。
彼は小2の時神戸から流山に来て、郷里の阪神大震災の時は、こちらにいたのだが、お母様がご実家に帰り大変だったのを、覚えている。転居したてで、3きょうだいで1番に私の教室の生徒さんになり、当時、子供の学齢も近く、保育所、学童保育と親子で活動をご一緒した。
当時、ここは、ニュータウンのようだったので、その後も転居してきた時期が近い生徒さんの親子とは、10年以上、公私共に仲良くしていた。旅行、バーベキュー、飲み会と、母たちも仕事の都合をつけてよく集まり、教室にもとても協力してくれていた。

その一人、k君は茨城大に通っているので、今は下宿をしている。ピアノは性格に合わなかったが、私の家族とは気が合い、息子が中3の時には、自分も大学受験なのに、家庭教師をかってでてくれて、教えるのは自分の受験勉強にもなる。と、二人でがんばり、見事に合格を勝ち取ったのは本当に嬉しい出来事だった。

金曜にすぐ、メールをしたが、彼だけ返信がなかったので、昨日、お母様に聞くと、公衆電話からやっとかけてきて、ライフラインがつながってなかったけれど、友人たちと一緒で無事とのこと。
お母様とはそのあと、電話で久しぶりにお話しをした。

k君のメールはやっと、日立の1部に電気復活。水道、ガスは未定。食糧、飲み水は確保。心身健康。ガソリン無し、交通機関麻痺で日立脱出は未定。と。

心身健康に本当にホッとした。

11日、震災の日に予定日通り出産した、0GのAちゃん。
ベビーは呼吸が上手にできなくて、ママとは違う病院にいるとの事。
1日も早く、元気でママの所に戻ってきてね。

日々、人間模様はドラマのようだが、命の尊さにハッとさせられるのは、やはり、目の前の映像に敏感になっているからだろう。
被災地の方、ありきたりだけれど希望は捨てないで前だけを見て、生きて欲しい。


2011.03.12 Saturday 21:53 未選択

震災が教えてくれたこと

余震が何度も来て、眠れぬ夜
それでも、被災地や被災なさった方たちの事を思うと、「今、できることは何・・」
と、行動するだけ。

昨日から、三陸方面や、海側に住んでいる友人、知人の安否確認を行い、皆さん、瞬時に返信くださったのでホッとした。

には職場が我が家に近い、娘の彼が宿泊。帰宅難民となった娘は、私の実家泊。夫も自分の実家泊。息子は地震中はで家に向かっていて、「めまいか?」と思ったそう。

一瞬で街を呑み込んでしまった津波・・。夕刊には流山市と姉妹都市の相馬市で津波で流されたピアノが掲載されていた。
相馬市には流山市民の宿泊施設もあり、お互い、転居したてで、仲良くなったnさん家族と泊りに行った。遠かったけれど、若さで車2台で出かけた。

三陸も5年ほど前、「あてんぽ旅行会」で過去2回の津波の被害を表す場所まで行き、この高さ迄到達した。というのを、見てきた。今回、その高さを軽く越した・・というのは本当に衝撃的だった。

地震国に住んでいる限り、避けられない災害。それをどれだけ最小限に食い止められるか・・。自然が巻き起こす驚異的な力には、かなうはずもないと、観念し、腹をくくることも必要だが、日頃の心構えや備えも肝心。
今回、沢山の落下物を片づけながら、もっと頑丈に止めたり、食器もこんなにあるからだ。と納得して処分した。

人生後半に突入しているのだから「終い支度」を意識して、流行りの「断捨離」も迷わず取り入れ、シンプルに暮らしたほうが危険も減らせる。

わかっていてもできなかったことを、実行に移していく時期だ
2011.03.11 Friday 23:02 未選択

怖かった.…。

いつかは来る.…。と思っていた大地震。
とうとうきた。

で必死にジャズピの課題に取り組んでいた。グラッと来たときはそのうち止まる.…。と思ったが揺れはどんどん大きくなり、食器棚から食器が飛び出し割れる。壁掛けしてある額や時計が軒並み降って来る。
横揺れはなかなかおさまらず、2度目が来たときには叫びそうになりながらダイニングテーブルの下にいた。

このは簡単には潰れないというのがわかったのは少し安心。

食器を片付け、額類をもっと頑丈に止め、2時間かかって大掃除
ピアノ室内もひどい状態。写メったのは、今までも何回も落とした小人の人形。全てまっぷたつ。あてんぽOBのmちゃんのママが一昨年、発表会の時にくれた手作りの。これはどうしても直す!と瞬間接着剤で即修理。良かったくっついたもう一つは落ちて欠けた時計。
色々な物が落ちたが何とかもとに戻しもっと頑丈にもした。

余震も何度も来てとても怖かったが一人でも落ち着いて行動できてほっとした
皆さん、そして皆さんの大切な人は無事でしたか?



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